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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和33年(む)290号 判決

被疑者 坂田喜三郎

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する地方公務員法違反被疑事件につき昭和三十三年八月二十日福岡地方裁判所飯塚支部裁判官吉田修がなした勾留請求却下の裁判に対し、検察官福田巻雄より適法な準抗告の申立があつたから、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立はこれを棄却する。

理由

第一、本件準抗告の理由

末尾記載の検察官の準抗告申立理由書別紙(一)(二)記載の通りである。

第二、当裁判所の判断

一、被疑者等に対する地方公務員法違反被疑事件について、福岡地方検察庁飯塚支部検察官が、福岡地方裁判所飯塚支部裁判官に対し勾留を請求し、同裁判所裁判官吉田修が勾留請求却下の裁判をなしたことは、当該関係書類によつて明かである。

二、よつて案ずるに本件勾留請求の理由の一つとされている被疑者が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」ことは一件記録によつて十分疏明されている。

三、次に検察官は被疑者には勾留の他の要件である罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり被疑者の所属する福岡県教職員組合(以下福教組と略称)では本件捜査が開始されて以来、その対策として種々組合員に対する指導統制を講じており、被疑者が右組合の幹部であることを併せ考えると、被疑者は他の組合幹部等と共にその傘下分会長並びに組合員等に対し、その指導的地位を利用して人的物的証拠隠滅をする虞れがある旨主張しているところ、被疑者所属の福教組が、勤務評定制度反対の為の統一行動として昭和三十三年五月七日を期し、所属組合員たる県下教職員の一齊休暇闘争を敢行したことは公知の事実であり、一件記録によれば捜査当局が右一齊休暇行為を以て地方公務員の争議行為と目し、地方公務員法違反被疑事件として捜査に着手し、押収捜索、人証の取調べを進めるに及び、組合は不当弾圧対策委員会を設定し、組合の統制力を利用し、所属組合員に対し関係書類の焼却又は隠匿を指示し、関係人に対する捜査当局の呼出に対しては極力これが出頭を拒否せしめ、強制力による取調べに対しては供述拒否或は黙秘の態度で臨ましめるなどの対策を徹底せしめていることが窺われ、又被疑者の右組合における地位並びに被疑者の捜査当局に対する供述態度等を併せ考えると、被疑者等は証拠を隠滅する虞れが全然ないものとは遽かに断定し得ない。然しながら福教組の右の指導統制は被疑者を勾留すると否とに拘らないことが推察されるのみならず弁護人の上申書によると捜査機関においては、被疑者の所属支部管内に対しても既に数回に亘り広汎なる押収捜索がなされており、多数の関係書類が押収され、又多数の参考人の取調べも終了していることから大綱的には捜査を遂げていることが認められる上に、事件発生以来既に三ヶ月余りを経過していることをも併せ考えると、現段階では被疑者につきその勾留を必要とするだけの罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものとはたやすく認められない。

尚被疑者は「定まつた住居を有して」おり、その社会的地位の点から考察して「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある」とは認め難く結局刑事訴訟法第六十条一項一号三号にも該当しないことが認められる。

果して然らば原裁判所が、本件勾留の請求を却下したのは相当であつて、結局本件準抗告はその理由がないから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条一項後段によりこれを棄却する。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 桜木繁次 藤原千尋 岡崎永年)

別紙(一)

一、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることは一件記録によりその疏明は充分である。

則ち、福岡県教職員組合(以下単に福教組と略記する)は本年五月七日勤務評定阻止のため一齊十割休暇斗争を実施し、各小中学校の業務の運営に支障をきたせたこと、本件休暇斗争が地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する争議行為であることは疑いを容れる余地がない。そして、本件斗争戦術は本年四月二十八日夜柳川市における戦術委員会において謀議が企画され、翌二十九日の福教組第十一回定期大会に第三号議案「当面の斗争に関する件」として提案議決された上、四月二十九日付福教組指令第一号「統一行動に関する件」をもつて傘下各支部に指令され、更に各小中学校の組合員に指令されたものと認められる。而して被疑者は福教組の幹部として前記戦術委員会の構成メンバーであり、本件斗争の企画、謀議、決定に参画しているものと推認され、更に右決定に基ずき前記定期大会後五月六日迄の間、数回に亘り、被疑者所属の支部の分斗長会議を開催し且つその議事を主宰し、その間各分会長を通じて傘下各分会員に斗争指令を伝達し、集会通知書を配布し、或は措置要求書委任状、代理人選任届等斗争に必要な書類を配布し、更に休暇願その他必要書類の作成提出方を説明、指示し、斗争の必要性を主張する等して、所属組合員に斗争参加方を指示、勧誘、激励し、以て末端組合員に対し、本件争議行為の遂行をあおつたもので右は各疏明資料によつて充分推認首肯し得るところである。

二、(1)本被疑事件は掲記被疑事実の通り、いわゆる勤務評定実施に反対しこれを阻止する目的をもつて、被疑者等共謀の上、五月七日地方公務員たる福岡県下小中学校教職員をして全員有給休暇に藉口して就業を拒否し、勤務条件に関する措置要求大会と称する集会に参加せしめるべく、同人等にその遂行をあおつたと云うのである。

右は福教組がその傘下組合員に対して有する組織上の指導統制力のもとに、その組織上の特殊的立場を利用して計画準備し、且つ実施したものであり、これは各種証拠資料特に指令指示等により一応推測せられるところであるが、被疑者は戦術委員会の構成メンバーとして本件の計画準備等の各段階において中枢的、指導的役割を分担したものと認められこの種事案の性質にかんがみ夫々の被疑者の罪責を追及し、その成否、責任の軽重等を明らかにするためには被疑者の個々の具体的挙動としての素朴な外形的本件関与の態様を明らかにするだけでは足らず、本件が組織構成上の各種機関においで、どのような態様のもとに計画準備、実施指令発動等の諸行為がなされたかを究明し、又その際の被疑者の言動を右の組織上の各種機関乃至は構成員としての地位立場等と関連せしめて明らかにしなければ本件犯行の態様を確認して事案の真相を把握することができないのである。他面右の組織との関連性の究明は本件の共謀の事実関係をも明らかにすることにもなるので多数共犯者につきその謀議の経過内容等も究明しなければならない、而して現段階においてはこれ等の内容は外形的且つ概括的に判明しているに止まり、外形的な推移を概観的に推知し得る程度に過ぎず、前記戦術委員会における謀議内容、定期大会における議案討議状況、指令第一号の発出経緯、下部に対する右指令の伝達経過等につき、更に十分な捜査を行わなければ結局被疑者本人の罪責の成否すら確認することができないものと云わなければならない。

(2) 本件被疑事実は、現段階においてはいわゆる、あおる行為に該当するとみられるのであるが、組織上の計画、準備、指令、実施の各段階の推移の態様如何によつては、如何なる段階においてあおる、行為が成立しているか、更に又構成要件としての他類型である地公法第六十一条第四項「そゝのかし」「企て」の各形態に該当するに止まるものなのかどうか、その評価をなすに足る事実関係を確定する意味においても、共犯者乃至は関係者につき、本件の計画、準備、指令実施の各段階の各関係事実につき詳細な取調をなさなければならない。

(3) 五月七日の争議行為の遂行は、指令そのものの外形的記載のみによれば、一見単なる勤務評定反対のため地公法第四十六条の人事委員会に対する措置要求方を組合員全員に指令し、且つその各手続履行をなすに当つての日時方法等を指示したものという合法を仮装した形跡が窺われるところ、その合法仮装の実態を究明しなければ、あおる行為を確定することができないものといわなければならず、然りとすれば右方法をもつて仮装した経過、特に、各種会合における討議、上部機構の指示乃至は見解の表明等も明らかにする必要がある。

これは他面謀議の実態を明らかにする効果も期待し得るところであるが、被疑者自身の本件犯行の成否にも直接に影響する重要な争点であると考えられる。

(4) 掲記被疑事実に関する被疑者の個々の具体的言動については、このあおる行為の対象となつた相手方たる教職員は相当多数であるがこれ等について任意の供述を得ようとする捜査機関の長期の努力にも拘らず、組合の指令による出頭拒否、証言拒否、証拠物の破棄、いんとく等組織的な捜査妨害のため、現在迄取調を終了し得た者は極めて少数に止まり、且つ、その内容も部分的概括的であり、具体的な犯罪事実の究明は殆んどなされていないのが現状である。従つて当時の実情を詳細且又明確ならしめるためなお多数の参考人を取調べ、あおる行為を立証するに足る充分な資料を収集しなければならない。即ち多数の末端組合員について、あおる行為の内容である具体的事実の到達の有無、その勢威並びにその影響等詳細を明らかにしなければならないが、これ等は何れもその対象となつた者より聴取すること即ち人証による外に方法がないのである。

三、以上に記述した本件の特殊性、及び事案の複雑性と、今日までの取調に現われた個々の証拠乃至は疏明資料との関連性より判断して被疑者には本件罪証を隠滅することを疑うに足る相当な理由が存すること明白であり、その所以は次の通りである。

(1) 総評、日教組、福教組等一連の所謂「不当弾圧対策」によれば、本件取調を不当弾圧と称し、官憲の取調べに対しては組織の総力を挙げ徹底的に斗うと呼号して居り、若し被疑者が釈放されゝば(1)乃至(3)の事実関係について、具体的取調内容及びその意図目的乃至は捜査の対象となつている重要な事実関係乃至は争点を察知した上で、積極的に各種関係人共謀者等に働きかけ、自ら出頭を拒否し、或は組織上の指導統制力を縦横に駆使して関係者に出頭を拒否せしめ又は一方的に事実と相違した供述内容を捏造し統制する等種々の工作を施し、以て自己の罪証を隠滅する虞れがある本件は関係人多数の組織を利用した犯罪であることから、その計画、指令、準備に関する諸事実は、本件被疑者その他共謀者の罪責を認定する上に決定的な重要性を持つているものと考えられることからしても前記理由は首肯されるところである。

(2) 次に前記(4)の点については、被疑者等福教組幹部通謀の上、個々の犯跡とその成否を左右する重要な事実関係について、組合員たる参考人等に対し、別添資料の如く、証言の拒否(過料は組合が負担するから組合関係の事実は一切述べるなと指示した模様である)、出頭の拒否(警察の呼出を一回拒否すれば五〇〇円、検察庁の場合は一、〇〇〇円を手当として支給し、逮捕されたときも一日一、〇〇〇円を補償する旨指令している模様である)斗争関係資料の破毀等を指令しあるいは取調を受けるに際しての注意事項、署名、押印の拒否等を弾圧対策の一環として打ち出し、且つそれを下部組織に対して滲透せしめており、現に関係人においては右指令に基き或る者は資料焼却乃至破棄の行為に出ていることも看取されるし、警察、検察庁の呼出には殆んど応ぜず、さきには刑訴二二六条尋問に関し過料に処せられた事実も存するのである。

関係人は組合員として上部機関からの指令に忠実に従わなければ組織の強大な圧迫を受ける立場にあり、今後とも容易に被疑者等の意のまゝに動くであろうことが窺われるのである。

(3) このような事情に鑑み、被疑者は、身柄釈放の暁、前記各種の諸事実関係について、極めて組織的且つ強力なる組合の統制力を利用し、組織を背景としてその強大な影響下にある組合員である関係人乃至は共犯者と通謀して、具体的事実関係そのものにつき積極、消極の各種証拠の隠滅の挙に出るものと考えなければならない。

別紙(二)

一、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由につき各高等裁判所の判例を列記すれば次の通りであつて、これらの判例は刑事訴訟法第八十九条に関するものであるが、その趣旨は同法第六十条第一項第二号についても同一に解釈されるべきものと考える。

(イ) 恐喝 東京高裁第一三刑事部決定昭二五、四、二六言渡(高等裁判所刑事判決特報、昭二六、九第一六号七二頁)本件公訴事実は、被告人は他一名と共謀の上、昭和二十五年三月二十五日夜、相次いでカフエー松住こと町田栄吉方及び飲食店営業斎藤正一方に行つて右町田の妻及び斎藤本人に対して、それぞれ執拗に酒の提供方を要求し、俺達は刑務所を出て来たばかりだ等と言つて酒を出すか、金を出すかしなければ帰らない様な勢を示して同人等を畏怖させ、よつて右町田の妻よりは現金、斎藤よりは配食をそれぞれ出させ喝取したというのであつて、右犯罪の種類、罪質、罪態等から考え、また記録によつてうかがわれるように、公判の審理は未だ開始されず、従つて証拠調も終了していないと認められる本件においては、被告人が犯罪事実を認めていると否とにかかわらず、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものということが出来る。

(ロ) 窃盗 東京高裁第一刑事部昭二九、七、一五決定(高等裁判所刑事裁判特報第一巻一号二四頁)

右法条第四号の「罪証を隠滅する」というのは単に物証に限らず人証についても積極的にその取調を不可能ならしめたり、反対証拠を作為したりする場合は、勿論消極的に公判開廷を不可能ならしめる目的で故意に出頭しないで証人の死亡その他公判への召喚を不能ならしめる事故の発生を待つとか、物証の自然の散逸を待つような態度をも含まれるものと解すべきである。

右記録によれば本件起訴にかかる窃盗の犯行容疑はいずれも起訴前二年乃至四年以前のものであることは所論のとおりであるけれども、被告人は原審法廷において犯行の半分以上(特に被害物件の点について)を否認しており、事件は未だ審理中に属し、かつ共犯者である鈴木早も相被告人として審理をうけているのであるから若し被告人が保釈になつた場合において叙上意味における証拠隠滅がなされないと断言することはできないわけである。

従つてこのような場合においては、右法条にいわゆる被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときに該当するものと解するのが相当であると思料される。

(ハ) 恐喝 仙台高裁第一刑事部昭三〇、六、八決定(高等裁判所刑事裁判特報二巻十一号五七四頁)

かりに申立人主張のように公判期日において検察官被告人双方の立証を完了し被害者の全部が公判期日において証人として取調べられ、その中の大部分が公判期日前の請求により証人として裁判官の尋問もうけその供述内容は前後一致しており共犯者とされているものもまた公判期日において証人として取調べられ、かつそれ自身の被告事件についてすでに或は判決の宣告をうけ或は審理を終了したものとするも必ずしも所論のように罪証を隠滅する虞れの全くない状態に至つたものと断ずることはできない。

のみならず前掲記録によれば被告人に対する公訴事実は単独若くは共謀による二十四箇の恐喝の事実であつて、事実の内容は複雑多岐にわたり被告人は公判において終始犯行を否認しており、原決定のなされた当時において検察官請求にかかる証人の取調は一応完了したが、弁護人請求にかかる証人の取調は未了の段階にあり現に原決定後の同年五月三十一日の第二十一回公判期日において弁護人の請求により証人五名を喚問する旨の決定がなされ、右証人調の行わるべき公判期日として同年六月十四日、同月十八日の両日が指定されていることが明らかであり以上事案の内容、訴訟の経過等の記録に顕われた諸般の状況を綜合するときは、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由を認めえないわけではない。

(ニ) 騒擾 大阪高裁第六刑事部昭二八、一、八決定

別紙(一)記載のとおり

要旨は

(1) 同事件は行動員約千名に及び未逮捕者が多数あつて検察官の捜査が完了していないこと。

(2) 被告人は同事件の首魁として起訴され、その犯行の確定は他の共同被告人の供述にある程度俟つものがあること。

(3) 証拠の多くが人証であること。

(4) 一連事件の関係者において証拠を廻り或る種の非違の行われた疑のあること。

等からして、被告人が自己の行動の自由を得るにおいては、本件の証拠に関し種々の作為に出て、その隠滅を図ることを疑うに足りる相当な理由があるというにある。

二、前掲各判例の趣旨は、具体的事実関係の特殊性を捨象すれば、窃盗、恐喝、騒擾等の犯罪のみならず共犯者多数ある集団犯罪で被疑者或は関係人その他の人証に対し強い影響力、支配力等を有ししかも証拠の大部分は人証に依存しなければならない状況である上、被疑事実について被疑者が否認その他全面的に抗争している類型的事実のある事案に関しては、捜査段階においては勿論捜査が終了し起訴するに足るだけの証拠収集が終つて既に公判段階に移つた後においてもなお、罪証を湮滅すると疑うに足りる相当な理由が存在するというにある。飜つて本件の態様について前述の各判例の趣旨とする類型に属するかどうかを判断するに本件は福教組の戦術委員会を中心に多数の共犯者が関与している組織的計画的犯罪であること、被疑者は福教組幹部でありその傘下組合員に対しては組織上当然強い影響力を有する上、戦術委員会の構成員として一齊休暇斗争の企画、指令、実施等に参画しているものと認められ、右戦術委員会の支配力は一齊休暇の指令がほぼ完全に実施されたことからみても、非常に強大であること、各戦術委員会における被疑者自身の出席の有無、発言の具体的内容、被疑者の分会長会議における指令伝達状況等については、大部分人証に依存せねばならないこと、被疑者の供述態度、組合の態度等からして被疑者は本件に対し全面的に抗争していることが窺えることまた共犯者相互及び参考人の取調は組合側の出頭拒否戦術のため殆んど行われず従つて捜査が完了していないこと等の諸事情からして、本件は前掲記各判例の認める類型と同一類型に属するものといわなければならない。

更に本件においては特に罪証を湮滅すると疑われる顕著な理由が存在すると認められる。すなわち、さきに一件記録に添付した資料の通り、五月九日支部長会議(中斗委員も当然出席しているものと推定する)の席上、当局の捜索に対処するため、一齊休暇関係の資料の湮滅を決定したこと(メモ写真)

翌十日頃支部長において傘下分斗長に資料の焼却を命じたこと(辻六次の供述調書並にその他の参考人供述からも同様なことが窺われる)等が明らかであり、又一般組合員の参考人としての出頭についても、中斗支部幹部から劃一的に出頭拒否、供述拒否等を指導し、捜査の進展を阻止すべく企図していることが明らかである。

さきに行われた刑訴第二二六条証人尋問についても事前に支部長同伴の上、福教組に出頭して喚問に応ずるか否か、どの程度証言すべきか等を決定した上証言を拒否した事実が各証人の証言拒否事件供述調書に現われて居る。前掲昭和二九、七、一五東京高裁決定によれば罪証を湮滅するとは人証についてもその取調を不可能ならしめたり、物証の散逸を待つような態度をも含むものと解すべきであると述べているが、この趣旨からすれば捜査段階においても組合員であつて犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有するものの大部分に対して、出頭拒否並びに供述拒否を組織的、計画的に指示して証拠の散逸又は滅失を企図するが如きは、単に参考人の出頭又は供述は任意である旨法律的に解説するものとは全く趣を異にし、罪証を湮滅すると疑うに足りる相当の理由があるものといわなければならない。又組合の指令によると「総力を挙げて弾圧に対抗する。徹底的に黙秘せよ。他人の名前を言うな。証拠物についてしやべるな、自分のみでなく仲間を守れ」との趣旨が明らかであるが被疑者がこの指令に従い自己の罪証湮滅に動くであろうことも疑うに十分である。

従つて前掲各判例の認める罪証湮滅の事由の存在するとなす事案の類型的態様にも合致し且つむしろ本件はその態様にかんがみ、更に高度の罪証湮滅の危険性が存在するものといつても過言ではない。

三、およそ共犯者多数の犯罪で共犯者相互間の供述を得る以外に適確な証拠も未だ入手されずしかも共犯者が互に否認しているような事案の捜査においては、共犯者相互を隔離した上で、物証及び人証の収集に努力しなければ事案の真相を究明し得ないことは、昭三〇、四、五仙台地裁古川支部における勾留請求却下に対する準抗告に関する決定が「被疑者は終始巧妙な弁解をして事実を否認しており、本件のように他に格別の物証の得られない事案にあつては共犯者等の相互の供述のみが唯一の証拠のみであると考えられるところ被疑者の身柄を拘束して捜査を実施しないならば、容易に通謀、打合せ等によつて罪証を隠滅するおそれがあることは極めて見やすい道理というべく」と指摘しているところによつても明らかなところである。本件は福教組戦術委員会における共同謀議の内容及びその決定事項の各支部における傘下組合員に対する伝達指示徹底の実態を明らかにすることが、事案の実相を把握する上に最も重要なことであり、被疑者は前記戦術委員会の構成員として、本件謀議に参画しているものと推認せられ他支部長あるいは福教組役員等とは本件について共犯関係にあると思料せられるところ、およそ共謀関係についてはいわゆる共謀者同一体の原則(昭和二五、四、二〇最高裁第一小法廷判決最高裁刑事判例集第四巻第四号六〇六頁以下参照)からも首肯されるように単に共犯関係から遊離した被疑者個人の罪責を問うことは事案の真相と程遠いものであるばかりでなく、共謀関係の成否は即被疑者自身の罪責の成否を決定することにもなるのであつて、被疑者自身の具体的犯行を明らかにすることは、とりもなおさず共謀関係を明確にしない限り、到底期待できないところであると考えられる。

しかして本件における戦術委員会の構成員間の共同謀議或いは各支部における執行部役員間の共同謀議等の解明は本件がいわゆる組織を利用した関係人多数の事案であることよりしても当然共犯者について身柄拘束の上、関係人の取調を実施しなければこれを達し得ないことは本件にとどまらず、従来の同種事案の事例に鑑みても当然のことと理解される。しかも本件は捜査開始後漸く事案の外貌が推知せられるにとどまり、任意捜査が限界に達した現段階において全貌を明確にし、起訴するに足る丈の証拠を収集するには、これからの強制捜査に期待せねばならないところである。若し本件勾留請求が認められないから、戦術委員会の解明及び各支部における傘下組合員に対する斗争指令の伝達その方法、滲透状況等の究明を核心として事案の真相を明らかにせんとする捜査目的は挫折し、事案の真相とは程遠いところで捜査を終焉せしめねばならぬ結果となり、又たとえ漸く収集し得た証拠を検討して特定の一部の者を起訴することを得たとしても、偏頗且つ不公平な起訴とのそしりを免れることができず、本件の与えた社会的影響或は法秩序の維持等の観点から見て著しく正義に反する結果を招来するものといわなければならない。

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